2015.01.31更新

犬の口の中にできる良性のできものなかで気をつけておかなければならないものに棘細胞性エナメル上皮腫というものがあります。棘細胞性エプリスと呼ばれることもあります。
良性のできものなので放っておけばいいと思われるかたもいらっしゃるかもしれませんがこの棘細胞性エナメル上皮腫はちょっと性格が悪いのです。
もちろん転移はしません。しかし局所の浸潤性が強く、骨を溶かしながらどんどん大きくなります。
そして口から外に大きくせり出し、ゴハンを食べにくくしたり、表面が崩れて感染を起こしたり、出血したりします。最悪の場合これが原因で命を失う恐れもあります。
ですのでこのできものは放っておいてはいけないのです。やはり取らなければいけないのです。さらに取り方が大事なのです。そこにあるできものをちょこんと切除しても再発する可能性が高いのです。浸潤性が強いため確実に取るには大きくマージンを取らなければなりません。最低限周囲の歯は抜歯しその部位の下顎骨を削らなければなりません。さらに確実な切除を目指すに下顎骨を部分的に切除しなければなりません。このことからこのできものは発見したら小さいうちに手術した方が手術侵襲が小さくて済みます。かなり大きくなってからだと下顎の骨を半分取らなければならないというような事態にもなり得ます。

このワンちゃんは下顎の先にできものがあるとのことで来院されました。ピンク色の歯茎が盛り上がっている場所が病変です。


上から見ると腫瘤は歯を圧排しているのがわかります。そしてレントゲン検査ではわずかに骨が溶けているのがわかりました。


見た目だけだと何の腫瘍なのかはわかりませんのでまず病理検査を行いました。エプリスなどの良性病変の可能性もあったため肉眼状見える病変はできるかぎり切除しました。
下の写真は組織生検を行ったあとの写真です。
 病理検査の結果は棘細胞性エナメル上皮腫でした。残念ながらこの棘細胞性エナメル上皮腫に対して肉眼状で取った程度ではほぼ確実に再発しますので1週間後に手術を行いました。


手術時の写真です。下顎の先端部分を片方の犬歯を含めて切除しました。


切除後の状態です。ここまでしっかりと切除しておけば安心です。



縫合後の様子です。離開しないようしっかりと工夫して縫合します。


手術後の病理検査では腫瘤はすべて取りきれているという結果でした。これで安心です。
 ここまでやらなくてもいいのでは思う方もいらっしゃると思いますが、中途半端に切除して再発した場合、また麻酔をかけて手術をしなければなりません。そして再手術時には今回の手術以上に切除範囲を広げなければなりません。結局のところ1回で確実に切除するということがワンちゃんにもとっても飼い主様にとっても1番やさしい治療になるのです。


投稿者: 制作

2015.01.31更新

副腎はお腹の腎臓の近くに左右それぞれ1個づつある臓器です。仕事としては主に糖質コルチコイドや電解質コルチコイドというステロイドホルモンを分泌しストレスから体を守ったり、体の中の塩分やカリウムを調節しています。さらにアドレナリンや性ホルモンも分泌します。

通常、犬の副腎は左はピーナッツ、右は矢の先っぽのような形をしており、それぞれの厚みがだいたい6ミリを超えないと言われています(犬の大きさにより範囲は異なります)。

副腎の形や大きさに異常が見られる場合には何らかの病気があると考えられます。その異常として代表的な物に副腎の腫瘍があります。その腫瘍が機能的で過剰に上記のホルモンを分泌している場合には何らかの臨床症状を示している場合がみられます。たとえば糖質コルチコイドが過剰に分泌されると多飲多尿や多食、脱毛、ビールっ腹(coldsweats01腹筋が少なくなり、腹腔内の脂肪が増えますのでぽっこりとおなかが出ます)、呼吸筋も減りビールっ腹も手伝って呼吸がしづらくなりますので呼吸が早くなったり・・・といろいろな症状が見られます。ただしアドレナリンが過剰分泌される褐色細胞腫で見られる頻脈や不整脈、高血圧などの症状は普段気付きにくく、不整脈で虚脱を繰り返して発見される場合もあります。
 さらに厄介なのは非機能型の場合です。このばあい副腎のサイズは正常範囲を超えているがホルモンの過剰産生は起こらず臨床症状は認められません。この場合には慎重な経過観察が必要です。

一般的に大きさが2㎝超えると悪性腫瘍である確率が高くなるとされています。さらに形や内部構造の異常、多臓器への転移の有無などを慎重に検査し治療の判断をすることが大事です。


このワンちゃんは副腎が5センチを超えておりましたが、ホルモン検査では何度検査しても過剰分泌があるのかないのか微妙な範囲でした。非機能型の可能性もあり定期的に検査を繰り返し経過を追っていました。その結果徐々に大きさが増し6センチを超えてきましたので悪性腫瘍の可能性も否定できないと判断し手術にて切除しました。

赤い肝臓の右側にある丸いものが腫大した副腎です


副腎はとても血管に富んだ臓器ですので出血が起こりやすく慎重な操作が必要です。大出血に備え後大静脈に臍帯テープをかけておきます。


少しづつ周囲を剥離していきます


後大静脈という大きな血管にべったりくっついていますのでゆっくりと剥離します。


切除したところです


病理検査では「副腎腺癌」という悪性腫瘍でした。腫瘍も取りきれているという結果で一安心です。
現在手術から3年経過しておりますが再発無く元気に過ごしております。


副腎腫瘍の治療は第一に外科的切除です。しかし血管が豊富でさらに手術操作のしにくい位置に存在していることで難易度は高いとされています。ただし手術後2週間を乗り切ればその後の予後はおおむね良好とされています。手術をするかしないかの判断はとても難しいのです。しかし症状がある場合には積極的に治療をすることで多くの場合その後の生活の質が向上します。反対に判断に迷い手術の機会を失った場合には最悪の結果を招いてしまうことがありますので注意が必要です。

投稿者: 制作

2015.01.22更新

仔猫の大腿骨骨折は割とよく見られる骨折です。若いときの骨折は比較的早く治癒しますので骨にひびが入った時や骨折した部位の骨と骨が割と近くにあり、治癒したあとの生活に支障がないような骨折は手術せずに治るのを待ったりすることもあります。しかし骨の変位が重度である場合には手術で整復した方がいいでしょう。

子猫の太ももの骨の骨折です。




仔猫の骨折では複雑骨折などではないかぎり最小限の固定で十分です。
大腿骨にピンを通します。手術直後のレントゲン写真です




一ヶ月後の状態です。骨折部位が日常生活に十分耐えられるようになりましたのでピンを抜きました。




ピンを抜いたあとの写真です。キレイに骨がついてますね。足の長さも左右変わりませんね。




骨折をなおす時は骨が自分の力でくっつこうとするのを邪魔しないように、最小限の侵襲で治療することが重要です。とくに若い時はすぐに骨はくっついてしまいますので手術侵襲を最小限にすることを常に心がけております。


投稿者: 制作

2015.01.10更新

鼠径ヘルニアとはお腹の中の腸や膀胱、子宮などの臓器や脂肪組織が鼠径部にある鼠径管から出てしまっている状態です。でている穴の部分をヘルニア孔といいます。

飼い主が気付く症状として柔らかいできものが後ろ足の付け根の内側にぽこっと出ている状態です。

先天性のこともありますし、事故などでお腹に強い力がかかったりすることで後天的に起こることもあります。ちなみにワンワンと吠えることが多いワンちゃんに多い印象がありますので興奮しやすいわんちゃんは起こりやすいのかもしれません。

はじめ痛みを伴うことはありませんし、ほとんどなんの症状も示しません。しかし何かのきっかけでさらに脱出している臓器が増え、ヘルニア孔がキツくなり、血流がうっ滯したりすると痛みが発生し嘔吐や元気が無くなるなどの症状があらわれます。その状態を放っておくと脱出している臓器が壊死したり、腸閉塞が起こったりして命に関わる事態になります。鼠径ヘルニアは安易に放置せず積極的に手術で整復した方がよいのです。

このワンちゃんは通常の鼠径ヘルニアです。鼠径部に鶏卵大のブヨブヨができたとのことで来院されました。すでに麻酔がかかっており仰向けの状態でヘルニア内容物がお腹の中へ戻ってしまっているので腫れはわずかにしかみられません。


皮膚を切開し周囲の組織を剥離していきます


指で示しているのがヘルニア孔から脱出している腹腔内の脂肪です


ヘルニア内容物を腹腔内にもどしたあとのヘルニア嚢(この場合は鞘状突起)です


軽くお腹を圧迫すると再度ヘルニア嚢内に脂肪が脱出してきます


ヘルニアをすべて腹腔内に環納したところです

ヘルニア孔に指は小指が入るくらいの大きさでした


ヘルニア孔を塞ぐため糸を周囲にかけています


縫合が終了したところです鼠径輪の尾側は後肢にいく重要な血管や神経がでているため完全には閉じません



皮膚の縫合を終えたところです



もう一例
このワンちゃんは以前から鼠径ヘルニアがあったものの、手術は避けたいとのことで経過をみていました。しかし数日前からヘルニア部分の腫脹が大きくなり元気食欲も無くなってきたとのことで来院されました。痛みが強く、嘔吐がみられたため緊急手術を行いました。


ヘルニア内容物はうっ血し赤黒い色を呈していました。


開腹して内側から内容物を調べると腸管が入っているのがわかりました。



ヘルニア嚢を破くと変色した腸と脂肪がみられました


腸管の一部と脂肪は壊死していました。この部位は回復できませんので切除することにしました


腸管を切除しているところです


腸の切り取った端と端を縫合したところです


皮膚を縫合し、終了したところです



鼠径ヘルニアではありませんがもう一例
他院にてヘルニアを手術したがまたその部位が腫れてきたとのことで来院されました。
前回の手術時の術創が下に見えます。癒着があると想定し正中を切開しました。この方が解剖学的な位置も把握しやすくなります。


ヘルニア孔と前回の手術時の縫合糸が見えます。縫合糸は腹壁からは遊離しており無意味な状態になっています


脱出していた脂肪組織です。よく探索してみると鼠径ヘルニアではなく大腿ヘルニア(大腿管の欠損部を通じて脱出している状態)でした。個人的に鼠径ヘルニアよりも整復は難しいと考えています。


組織を丁寧に剥離し、位置関係を見ます。


縫合糸をかけています。鼠径ヘルニアのように強い靭帯が無いので血管や神経を避けながらなるべく強度が強い組織にかけていきます


縫合を終えたところです



皮膚の縫合を終えたところです



このワンちゃんも大腿ヘルニアです。しかも再発したとのことで来院されました。
ヘルニア内容物はうっ血により変色しています



再発症例ですので去勢手術を行い精巣を包んでいる丈夫な膜をヘルニア孔の閉鎖に使用しました。


丈夫な鞘膜によりヘルニアを整復したところです。精巣鞘膜を利用する以外にポリプロピレンメッシュをいう人工材料で塞ぐこともできますが、今回の症例はダックスフントであったため、異物に対する組織反応が強く起こる可能性を考慮し人工材料の使用は避けました。




次のワンちゃんは鼠径ヘルニアと大腿ヘルニアが両側にみられました。犬種はダックスです。




ヘルニア周囲を丁寧に剥離し探索すると恥骨前腱も一部断裂していました。


ヘルニア内容物は腹腔内の脂肪でした。


ヘルニア内容物を切除し、閉鎖したところです。これだけでは強度に不安がありますので同時に去勢手術を行い鞘膜を使い補強しました。


鞘膜を縫合しているところです


広範囲に渡りヘルニア孔が形成されていますのでしっかりと縫合していきます


反対側の状況も同様です。こちらも鞘膜により閉鎖しました。









ちなみにこちらはおへそのヘルニアです。臍ヘルニアといいます。これも放っておくと腸管などが脱出する可能性がありますので可能な限り手術で治した方がいいです。


ヘルニア孔から脱出していた脂肪組織。

腹腔内の脂肪とつながっているのがわかります。


ちなみにこれは鼠径ヘルニアではなく、皮下にある潜在精巣が腫瘍化し大きくなってしまった様子です。とてもにていますが間違えないように気をつけましょう。




投稿者: 制作