2016.04.22更新

最近、会陰ヘルニアの手術をする機会が多いなあと個人的に感じているのですが、その理由がなぜなのかはわかりません。気のせいかな?

とにもかくにも会陰ヘルニアは非常に厄介な病気です。肛門の周囲の会陰部の筋肉がペラペラに萎縮してしまい、そこから骨盤腔内の臓器が脱出してしまいます。膀胱や前立腺、結腸や小腸、腹腔内の脂肪などが出てきます。膀胱が出てきた場合には排尿困難になることもあります。さらに直腸を支える筋肉がなくなるため直腸が拡張してしまい、排便困難にもなっていきます。
 筋肉が萎縮してしまう原因は男性ホルモンが一因とされ治療には去勢手術が必須です。しかし去勢手術だけでは治癒しません。会陰部の筋肉間に大きなすき間ができてしまっているのでそこをどうにかこうにか埋めていかなければなりません。そしてヘルニアの部分に脱出している臓器が多ければ多い程、その臓器が脱出するのを防ぐために開腹して膀胱や前立腺、結腸を腹壁に固定します。これだけやれば治るのかというとまた難しいところで、会陰ヘルニアになった原因があればそれを治療しなければならないのです。膀胱結石や前立腺炎、前立腺膿瘍などがないか腸や他の臓器に問題がないか直腸周囲や会陰部に問題がないかなどを調べ原因がわかればそれを治療します。そして手術後も排便を楽にするために便の軟化剤を内服したり、ウンチが少なくなる療法食を与えるなど継続的に治療が必要になります。

今回手術したわんちゃんの例はとても治療を迷いました。
2年前くらいからたまに突然息みだし、腹痛に襲われるようになりました。長いと30分以上息んでいることもあったそうです。そしてその症状は数週間でないこともあり、忘れた頃にまた起きるということをくりかえしていました。症状は徐々に悪くなっていき今度は便が出にくくなっていきました。それと同時に会陰ヘルニアを発症してしまいました。このワンちゃんの場合は会陰ヘルニアになった原因はこの突然起こる息みが原因なのでそれをなおさない限りはまた再発してしまうと考え、全身を精査しましたが、特に異常はありませんでした。このワンちゃんはこの息みが始まる半年以上前に鳥の骨を大量に食べてしまったことがあり、そのときに噛み砕かれた骨が固まり直腸で停滞し排便困難になったことがありました。骨の尖った部位が直腸粘膜に引っ掛かりびくともしませんでしたが骨の固まりを指で砕きながらやさしくかき出すことでなんとかなりました。それからしばらくはなんともありませんでしたが半年以上経って息むようになりました。おそらくその時の排便困難で結腸、直腸や膀胱、前立腺などが尾側へ変位し神経も引き延ばされ腸の働きが障害されたり、膀胱や前立腺が変位することで尿道が折れ曲がるなどしてしてしまったのではないかとかんがえました。検査上は膀胱や前立腺の変位は大きくなかったのですが開腹して膀胱前立腺固定、結腸固定を行うことにしました。

手術前のレントゲン写真です。直腸内に糞塊が認められ、肛門の位置が尾側に変位しています。



手術前の毛刈りを行ったところです。直腸内に指を入れると直腸の拡張が重度に認められました。


まずは去勢手術を行いました。去勢後に睾丸を包んでいる丈夫な膜を使用してヘルニアを塞ぐこともあるますが、今回はポリプロピレンメッシュを使用する方法で行いましたので通常の去勢手術を行いました。


陰茎の横を開腹し、結腸や膀胱にアプローチします。


直腸に縫合糸を通し、腹壁に固定しています


結腸を腹壁に固定することで蛇行している直腸がまっすぐにのびるのを助けます。そして息んでも尾側に変位することを防ぎます。



次に去勢後不要になった精管を腹壁に固定します。これにより膀胱や前立腺が尾側に変位することを防ぎます。


お腹を閉じています。腹筋を縫合する時に膀胱を頭側に軽く引きながら一緒に縫合します。これで去勢手術と膀胱・前立腺固定、結腸固定が終わりました。


つぎに会陰ヘルニアの整復にとりかかります。見えているのは肛門です。しっぽは下に位置しています。以前はお腹の手術が終わったら、次に腹這いにして手術をしていましたが、学会で大学の先生が仰向けのまま手術していると言っていたので、その通りやってみたところこの方が時間短縮になるのでいいなと感じ、そのようにしています(スタンダードは腹這いです)。


肛門の脇を切開するとヘルニア部位に液体が貯留しています。液体を排除し、ヘルニア部の構造を確認します。


ヘルニア孔に設置するポリプロピレンメッシュで筒をつくり、挿入します。


次にメッシュを内閉鎖筋、仙結節靭帯、尾骨筋、肛門括約筋に縫合していきます。これらの筋肉や靭帯に確実に針を通さないと再発の可能性が高くなりますので一番神経を使うところです。縫合する糸もポリプロピレンの糸を使います。ポリプロピレンは生体との相性がよく丈夫で体の中に残しておいても問題が起きにくいのです。人の鼠径ヘルニア等の手術にも用いられています。

 
縫合し終えるとこんな感じになります。


さらにメッシュ同士を縫合し、肛門を頭側に引っ張るようにします。
その後、皮下織を縫合します。


皮膚を縫合します。


次に反対側も同様の手術を行います。


両側の会陰ヘルニアの整復が終了しました。なんとなくお尻周りがすっきりしましたね。



手術から2週後の抜糸時の様子です。経過は非常に良好です



肛門の位置が元の位置にもどっています。


現在、痛みで息むことも無く、踏ん張ってもほんのわずかしか出なかった便もブリブリ出ているとのことです。そしておしっこがじゃあじゃあ出るようになったのことです。飼い主様のお話では「手術前もおしっこは出ていたが勢いがぜんぜんなかった。それが普通だと思っていた。こんなに音がするくらい出るようになったので以前は出にくかったのだとわかった」とのこと。レントゲン写真の所見やエコー検査でも膀胱の変位がそんなになかったので尿道は普通に開通していると考えていたのですが尿道が絞扼されていたのだと考えます。なんにしても症状が落ち着いてくれたのでよかったです。
とにかく会陰ヘルニアは厄介です。

投稿者: 制作