2014.09.06更新

心嚢水という言葉は聞き慣れないと思いますが、心臓と心臓を包む膜との間にある水を心嚢水といいます。

心嚢水が生理的な範囲を超えて増量すると心臓を圧迫するようになります。この圧迫が心臓の一部を押しつぶし心臓の血液の取り込みを邪魔するような状態を心タンポナーデといいます。

心タンポナーデになると心臓から拍出される血液の量が減りますので循環不全により舌の色が真っ青になるチアノーゼを呈したり、動けなくなったり、虚脱したりします。

心嚢水が溜まる原因は様々ですが、たいていは腫瘍が原因になっていることが多い。腫瘍以外では特発性と言って原因が分からないものも多くみられます。特発性の場合は内科的管理で改善することもあります。

腫瘍性の場合には腫瘍がなんであるかによって予後がだいぶ変わってきます。血管肉腫などの非常に悪性度の高い腫瘍ではおのずと予後は悪くなります。ケモデクトーマと呼ばれている大動脈体腫瘍などは進行がゆっくりなことが多く心嚢水をうまく管理していけば数ヶ月から数年いい状態で生活できることもあります。他に中皮腫という悪性腫瘍もあります。中皮腫に関しても心嚢膜切除や抗がん剤などでうまく管理できればやはり数ヶ月から2年くらいは予後が期待できます。ただし腫瘍が胸腔内全体や腹腔内にも播種している場合には予後は短くなります。



今回ご紹介する例は中皮腫のわんちゃんです。咳がひどく、元気が無いということで他院にてレントゲン検査を受け心肥大と腎不全があると診断されました。当院には今後の治療方針を相談しに来院されました。当院でのレントゲン検査でも心肥大が確認されました。エコー検査で心嚢水貯留とそれによる心タンポナーデを確認しました。心タンポナーデは緊急疾患であるためすぐに心嚢水を抜きました。それにより腎臓への血流量も増え、腎臓の数値も3日後には正常範囲に下がりました。
しかし4・5日するとまた心嚢水が貯留し元気がなくなるということが繰り返されました。そこで心嚢水が溜まるのを防ぐためと何が原因なのかを調べるため、心嚢膜部分切除を行いました。

右側の胸壁を肋骨に沿って切開します。


心臓が見えています。心嚢膜が充血し心嚢水の貯留により拡張しています。


心嚢膜を切開したところです。


心嚢膜を半分切除したところです。さらに反対側の半分を切除します。心臓を傷つけないよう慎重な捜査が必要です。


心臓の表面には小さな腫瘤が多数認められました。


心臓を覆っている心嚢膜の約3分の2を切除しました。これで心タンポナーデになるのを防ぐことができます。



術後数日はカテーテルを入れておきます。


手術後1ヶ月経過した時の様子です。傷が痒くて掻いていたため少し色素沈着が認められますが術創は良好に回復しています。

病理検査では中皮腫と診断されました。この時点では胸水の貯留も無く、元気も以前よりも増し力強くなったとのことです。今後は可能であれば抗がん剤での治療を行うことで生存期間の延長が期待できますが、抗がん剤を希望されない場合には経過観察を続けていきます。抗がん剤を行わなくてもながければ6ヶ月は頑張れる可能性があります。

心嚢水が溜まったから、心タンポナーデだからとすぐにあきらめてしまうのではなく、それがどういう病態をとるのかを慎重に判断しそれぞれの疾患に応じた治療が大切です。

西調布犬猫クリニック


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